9秒台の選手がいないのに好成績はなぜ?
日本代表チームには、100mを9秒台で走る選手がひとりもいないのに2着でフィニッシュしたのはバトンパスの技術が優れているためと言われています。
その優れた点とは、まずバトンを受け取る走者(次走者)が思い切った加速ができることです。
ジャマイカチームなどは、バトンを受け取るまでは慎重?な走りで、バトンを受け取ったら全力になるという感じです。この差は練習量が影響するということになります。
次に、アンダーハンドパスという渡し方を行っていることです。
一般的に次走者がバトンを受け取る際に腕を後方に伸ばしますが、腕を伸ばしながら走るのでスピードが落ちます。
アンダーハンドパスの場合、次走者が走っている腕ふりに近い形で腕を下方向に出すため、スピードが落ちにくく、確実に渡せ精度が高いなどが利点です。(下の写真)。
利得距離とは
下の写真のように、アンダーハンドパスよりオーバーハンドパスの方が腕が伸びています。つまりこの腕の伸びている分はバトン自体は移動していますが選手は走らずに済む距離となります。この距離を利得距離といいます。
言い換えると4×100mリレー、距離は400mですがこれはバトンが移動する距離です。仮に人が歩いて進みバトンパスを止まって行ったとすると、パスは腕を伸ばして行うためその距離分だれも歩いていないことになりますよね。つまり人は合計400m歩いていないのです。
これは走っている時も、腕を伸ばしてバトンパスを行っているなら同じで、400mは走っていないことになります。この走っていない距離が利得距離です。
同じスピードで走っているなら、利得距離が大きいほど記録は短縮できるのですが、一方で次走者が腕を大きく後ろに伸ばしながら走るとスピードが落ちてしまいます。腕を伸ばさないとスピードは落ちにくいので、その速度差と利得距離のバランスも重要になります。
アンダーハンドパスの欠点
アンダーハンドパスにも欠点があります。
次走者が腕を後方に大きく伸ばし、バトンを渡す前走者が腕を前方に大きく伸ばすということがないため、利得距離が少ないということです。
下の写真を見てわかるとおりアンダーハンドパスの方が腕を伸ばす長さが短く利得距離が少ないのです。
日本代表チームはアンダーハンドパスの改良型
日本代表チームは利得距離を少しでも多く得るためアンダーハンドパスの改良型として、前走者が少し後方に腕を出すということを取り入れました(下の写真にイメージ)。走者の速度を落とさず利得距離を少しでも伸ばすためです。
それが見事に上手くいき銀メダルに輝いたのです。
アンダーハンドパスの受け渡しとオーバーハンドパスの受け渡しのイメージ
日本代表の改良型アンダーハンドパスの受け渡しのイメージ
バトンパスにかかる時間を測ると
バトンパスの精度をみる方法として、テイク・オーバー・ゾーンに前走者が入った時点から、バトンパスが行われ次走者がテイク・オーバー・ゾーンを出る時点までの20mを通過する時間を測るというものがあります。当然時間が短いほど精度が高いということです。
※本記事は2017年度規則(ルール)に基づいています。そのため下図には加速ゾーンがあります。加速ゾーンは2018年度規則(ルール)改正でなくなりました(2018年3月14日追記)。
とはいえ大会の競技自体の結果としてこの様な記録はありません。
日本代表チームは測定する器材を持ち込み、国際大会や練習でも記録を測定し、分析、評価しています。大会では他国のチームの記録も測定しています。
その記録、第1走者から第2走者のバトンパス、第2走者から第3走者のバトンパス、第3走者から第4走者のバトンパスの3か所で計測しています。
日本代表チームのその3か所の合計記録(各か所20m、計60m)を見ると、
2014年アジア大会 5秒85、2015年北京世界陸上 5秒90、
2016年リオデジャネイロオリンピックの決勝では 5秒64 でした。
前年の世界陸上より 0.26秒も向上しました。
リオデジャネイロオリンピック(決勝)の他国の記録
ジャマイカ(1位) 5秒79
カナダ(3位) 5秒72
アメリカ(失格だが計測は行った)5秒75
であり日本(5秒64)が速く、日本のバトンパスが優れていると言えます。
しかし、日本を上まわるチームがありました。
中国(4位) 5秒56
選手4名の走力(100mのシーズンベスト記録)は日本の4選手より劣るのに、バトンパスにかかる時間は速いのです。因みに中国チームはオーバーハンドパス。利得距離を有効に使った見事なバトンパスを行ったのでしょう。
利得距離と利得タイム
利得距離に対して利得タイムという言葉もあります。利得距離分を時間にしたなら同じ考え方なのですが、走者4人の100m走の記録を合計したものからリレーでの記録を引いたものをいうこともあるようです。
例えば4人の100m走の合計記録が40秒、リレーの記録が38秒とするとその差2秒が利得タイムということです。このタイム、各選手の100m走の記録を自己ベスト記録でみたりシーズンの最高記録でみたりするのですが、リレー当日の走力が必ずその記録と一致するとは限りません。
日本代表チームはこの記事で説明した計測方法の他にもいくつかの方法で計測を行うことがあります。ここでは二通りの計測を紹介します。
前走者が加速ゾーン入口を通過した時点から、次走者がテイク・オーバー・ゾーンの出口より更に10m走った地点通過までの記録(40mバトンパス時間)
前走者がテイク・オーバー・ゾーン入口を通過した時点から、次走者がテイク・オーバー・ゾーンの出口より更に10m走った地点通過までの記録(30mバトンパス時間)
このような計測を練習でも行い、その時々のバトンパスの精度を分析、評価しています。
これもバトンパスの技術向上には必要なことです。
今年の世界陸上競技選手権大会(ロンドン)、はたして各国のバトンパスはどうなってくるのか。見どころのひとつです。
記事中の記録などは「陸上競技研究紀要Vol.12,2016」(発行、日本陸上競技連盟)から引用しています。